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エレベーター 第二部 エピローグ

時間はもうすぐ7時になるところ。

始まりはこの部屋からだった。

振り返ると……家具一つない部屋があるだけ。

意外に広かったのね。

この部屋とも今日でお別れ。

この部屋に引っ越して、狭いけど自分だけの城を築き上げた。……レイアウト考えて配置しただけだけど。
誰にも左右されない、自分だけの空間。
私の新しい一歩はここから始まったのだ。

一歩を踏み出して新しい未来を手にできた。

それは運命の人との出会い。



腕時計を見る。
時間は7時ジャスト。



今まで、本当にありがとう。
ここに引っ越さなかったら…この部屋じゃなかったら、運命は変わっていたかもしれない。

ドアを開けて外に出る。
鍵をかけてエレベーターホールに向かえば、エレベーターは丁度降りて来るところだった。

もしかして…と思いながら目的のボタンを押す。

ーーーチン。

軽い電子音の後にドアが開く。
開いたドアの向こうには……。

「おはようございます。」

背が高くて綺麗な男性が一人。

「おはようございます。」

おきまりの挨拶をしてエレベーターに乗り込む。

7時丁度に部屋を出てエレベーターに乗り込むのはこの人に会う為のおまじないみたいなもの。
会いたくて会えなくて、会うと変に身構えちゃったり、ドキドキしたり、切なくなったり。

でも今は……。
乗り込んですぐに大きな手が隣に並んで立つ私の手を握ってくれた。

動き出すエレベーター。
あれ?
下がってる?
パネルを見ると地下の駐車場を示すランプがついていた。
エレベーターには彼しかいないからボタンを押したのは彼という事になる。

部屋に戻るんじゃないの?

「出かけるところだったんですか?すいません。朝ごはんまだ作ってなくて。」
「出かけるよ、君も一緒にね。朝ごはんは外で食べよう。DARUMA-YAのモーニングプレートが美味しいって聞いたよ。」
「その出勤前のサラリーマンみたいな情報はどこからですか?」
「社さんから。常連だよ。あの人。」
「早く彼女ができるといいですね。」
「それなら大丈夫じゃないかな。今、琴南先生に猛烈アタック中だよ。」
「えーーーーっ!?」

そんなの聞いてないわよ。
もーこはーーーん!

ーーーチン

手をひかれてエレベーターを降りる。

「ねぇ、キョーコ。部屋…7時丁度に出た?」
「出ましたよ。」
「俺も7時丁度に出たんだ。君が7階で止めてくれると思ってたから、地下しかボタン押してなかった。」
「行き違いになってたかもしれないのなた?」
「今日は大丈夫だって思ったんだ。」
「……何か、懐かしい感じがしました。」
「そうだね。」
「でも……今日が最後です。」
「部屋、引き払っちゃったからね。独身最後の日だね。準備も終わったし、今日はのんびりしようね。」
「はい。」

私達を降ろしたエレベーターはまた上へと登って行く。
また、誰かの新しい未来を乗せる為に。




「どうして、あなた達がここにいるんですかぁ!」
「こっちのセリフだっ!」

「モー子さぁーん!朝から会えるなんて、私達やっぱり運命の糸…「運命の糸が絡まりまくってんのはあんたとそこの似非教師でしょうがっ!」

「おや?〝琴南先生〟夕べは何処かにお泊りで?着ている服が昨日とおな「気のせいよっ!」

「お前達が帰った後も二人で飲んでたんだよっ!……終電乗りのがしただけで。まだ何にもしてないからっ!」
「〝まだ〟?」
「社さん!それ以上喋らないで下さい!キョーコ!あんたもそれ以上考えなくていいのよ!」



「で……どうすんだ?入るのか?入らねーのか?」
「仲がいいんだねぇ。モーニングプレートに新メニューが増えたんだよ。食べてみておくれよ。」






エレベーター
完全完結
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エレベーター 第二部(11)

「ええっ?!帰るんですか!?今日?」
「そんな事、言ってなかったじゃないですか?」

時刻は8時を回ったところ。

「迎えがここに来る事になってるの。」
「日付けが変わる前には来くるはずだから、それまでいさせてくれ。」

家に戻ってくるなり「アメリカに帰る」とか言い出すから本当に驚いた。
いつ帰るとも聞いていなかったけど。
本当に唐突な行動をする両親だ。
ここに荷物がない事を考えると迎えの車とやらに積んであるのだろう。
つまりはゆうべここに泊まる前には帰国する事が決まっていたわけで……。

「何しろ仕事を放り出して来たからなぁ。」
「某ハリウッド女優様がお待ちなのよね。スタッフに任せたんだけど、私じゃなきゃ嫌とかいうのよ。日本にいるって言ったら、ジェット機をチャーターするんですって。いったい何様のおつもりかしらねぇ?」

母さん…あなたを贔屓にしているハリウッド女優はかなりいる。
しかし、たかだか贔屓先の店主を迎えに自家用ジェット出すような女優と言えば……心当たりもあるような、ないような。
いずれにしろ、あの人達がその気になれば、あなた達の店は明日にも潰れますよ。
……そんな事すら気にしない俺の両親こそ、いったい何様なんだろう。
器がでかいとよく言う表現があるけれど、この二人の場合、ただ底が抜けているだけなんじゃなかろうか。

店が潰れたとしても一からやり直せばいい…そう公言し、実行する。
それがこの人達なのだ。
俺がまだ幼い頃、それを本当にやってのけた。
俺が生まれる以前にもそんな事があったらしい。
理事長に聞いた話しだけれど、目立つ二人なだけあって標的にされての事だった。
脅しても屈しない男と財をチラつかせてもなびかない女。
それでも二人は立ち上がってきた。
しかも笑顔を絶やす事なく、それどころか楽しんでさえいた。
幼い頃…住み慣れた家を僅かな荷物だけを持って後にした記憶がある。
狭い部屋で家族三人一つのベッドで寝た記憶も。
だけど、辛い思い出ではなかった。
多分、二人が笑顔でいてくれたからなんだろう。
無料キャンプ場に暫く滞在していたりもした……生きて行く為に。
はたから見たら金も無いのに遊んでるようにしか見えなかったみたいだけどね。
そんな両親のおかげで、生きていく術を様々に学んだ。
こう見えて家族全員ジャングルの中でだって生きていけるくらいのスキルがある。
これでキョーコが加わったら完璧な自給自足生活がおくれるだろう。
……キョーコに苦労させる気はさらさらないけどね。

運気を逃さず実力でのし上がり、アメリカンドリームを繰り返しつつ生きてきた両親。
2人を見て育った俺は一つのこれで決心をした。
『安定した職に就こう。』
アメリカでは両親に左右される事が必至な環境だった事と俺自身も目立つ容姿であった為に父の祖国を生きていく地に決めた。
一言で言えば、面倒くさいから逃げたのだ。
欲にまみれた人間の相手をするのはウンザリだった。
俺の外面しか見てくれない女の子達にも。
15歳で日本に渡り、今に至るわけだけど、そうした自分を褒めてやりたい。
でなければ、キョーコには出会えなかったはずだから。

そんな自分を褒めるのは後回しだ。

今は目先の事。
なんだ……この感じは。

親元を離れて暮らすのはもう何年にもなる。
その間、二人が日本まで来てくれた事は何度もある。
その時は二人が帰る姿を見送っても、寂しく思う事なんかなかったのに、今回は……。

「帰るなら…そう言ってくれれば良かったのに……。」

今回は心にちょっと隙間が空いて、スースーする感じ。
……これを寂しいというのだろうか?

何の心境の変化だ?

「言ったら寂しくなるでしょ。」

突然聞かされるこっちの身にもなって下さいよ。

「日本に来て良かったわ。」
「こんなかわいい娘まで出来たしなぁ。」
「本当ね。」
「さぁ、時間も無いんだ。迎えが来るまで楽しく過ごそう。」

そうはいうもののあまりに突然過ぎてキョーコは目を白黒させている。

ごめんね。
キョーコ。

それから俺達は家族の時間を満喫した。
今日の楽しかった事、面白かった事。
キョーコと母さんが二人で作ったランチボックスの事も。
それから次に会う予定も立てた。
俺達は学校の休みに左右されるから、父さんと母さんが日本に来るのが早そうだ。
冬休みにはアメリカの実家に行く予定になった。

キョーコは初めての海外らしい。
ずっと苦労してきたのだし当たり前か。

これからは君には絶対になんてさせたりしないよ。

俺が君を守って行くんだから。

小腹が空いたという父の為に四人でキッチンに立って簡単なものを作った。
ちょっと油断して…母さんが…やらかしてしまったのはご愛嬌だ。

そんな時間もあっという間に過ぎて、11時半さした頃に来客をつげるチャイムがなった。
迎えの車がきたようだ。

インターフォンで確認すると、どこかの金持ちの執事風の男が写っていて父さんの話しだとワガママ女優の邸宅の使用人らしい。

二人をエレベーターまで送る。
下まで行こうとしたけれど、離れ難くなるからここでいいと言われたのだ。

「父さん、母さん。気を付けて。」
「お前達も身体に気を付けろよ。」
「キョーコ、今度会う時は二人だけでお出かけしましょう。ショッピングもしたいし、DARUMA-YAでお茶したいわ。」
「是非!今度はもう少しゆっくりできるといいんですが…。」

エレベーターが到着するまでの僅かな時間。
もうそれしか残された時間はない。

「そうだわ、キョーコ、耳を貸して。」

母さんがキョーコに何か耳打ちをしている。

「 ーーーーね?」
「はい。」
「約束よ。」

約束?
なんだろう。

ーーチン

エレベーターが電子音を響かせて、ゆっくりとドアが開く。
父さん達が乗り込む。

「じゃ、またな。」
「キョーコ、蓮の事をよろしくね。」

二人は閉まるドアの中に消えた。
階下へとおりて行くエレベーター。

「キョーコ、母さんと何を約束したの?」
「秘密です。」
「秘密なんて言われると気になるんだけど。」
「じゃあ、一つだけ教えてあげます。」
「何?」

彼女は輝かんばかりの笑みを浮かべて言った。

「愛してますよ。」

えっ!?
…今…何て?

俺を残しドアまでの僅かな距離をスキップする彼女。
その彼女をドアに手を掛ける寸前で引き寄せた。

「もう一回言って!」
「愛してますよ。」

〜〜〜っ!
幻聴じゃない!
夢でもない!

「?蓮さ…きゃあっ!!れれれ蓮さんっ!?」

彼女を抱き上げた。

「キョーコ、ドアを開けて!」
「へっ?」
「早くっ!」
「はいっ!」

もう一分一秒だっておしい。
開けられたドアをくぐり、寝室へと急ぐ。

「キョーコ、ここも開けて!」
「はいっ!」
「よしっ!」

俺は使い慣れたベッドにキョーコ諸共ダイブした。

「結婚しよう!キョーコ!」

もう、無理。
我慢なんて出来ない。
待つ余裕もない。

俺の欲望は一気に最高潮まで登りつめた。



◆◇◆◇◆



「もう信じられないっ!あんな人前でキスするなんてっ!」
「ゴメンね。」
「だって…。」
「だってじゃありません!」

ーーーチン

「もう!いつまでも新婚じゃないんですよ。」
「いいじゃないか、新婚で。」
「嫌ですよ。それより、早く降りて下さい。中でパパとママが待ってるんですから!」
「違うでしょ。俺と君がパパとママになるんだから。」

愛する妻の手を引いてエレベーターを降りる。

結婚して3年目。
家族が一人増えました。











エレベーター 完





エレベーター完結しました。
というか、させた?
エピローグもあるようなないような。
書けたら書きたいです。

人様から引き継いだお話し。
難しいですね。
ルイーザ様やファンの皆様の作品に対するイメージを壊していなければいいのですが。
今は祈るのみ。

少なくとも、こんなラストでは無かったのは確かでしょう。

とにかく、このお話を読んで下さった皆様、ありがとうございましたm(_ _)m




それではまた。



月華

エレベーター 第二部 (10)

朝起きると、キョーコの姿はなかった。

その事に気付いたのは、彼女を求めて伸ばした腕が虚しくシーツの波をかいただけだったから。

「キョーコ?」

遮光カーテンで仕切られた寝室は薄暗く、彼女がここにはいない事を無音の主張で示すだけ。

……そうだ。
夕べはキョーコは母さんと和室に。

時計を見れば、まだ5時。
起きるにはまだ早い時間。
キョーコがいるなら、もう少し微睡んでいたいところだけど。
仕方なく起き上がる。

弁当を作ると張り切っていたから、母さんもキョーコも起きているかもしれない。

着替えて廊下に出ると思った通り二人は起きていて、キッチンから明るい声が聞こえて来た。

リビングにはパジャマのままの父がいて、新聞を広げていた。

「おはよう、蓮。」
「おはようございます。父さん。」

珍しい。
いや、新聞を読む事がではなく、母さんがキッチンにいるのに父さんが何もせずにリビングにいる事がだ。

「男は立ち入り禁止だそうだ。」
「…………大丈夫なんですか?」
「…………大丈夫…なんじゃないか?」

キョーコの腕前はプロ級だ。
しかし、母さんの料理に関する奇抜なセンスは人智を華麗に飛躍している。
あの母さんを制御できるのか?
キョーコを信じたいけれど。

「キョーコ!こんな感じでいいかしら?」
「わっ!すごいです!完璧です!じゃ次はこれを!」

………何か、うまくやってるらしい。
正しくはうまい事使っている?

「何をやってるんだろうな。」
「なんですかね?…でも、失敗はしてなさそうですよ。」
「そうだな。」

しかし気になる。

「行くと怒られるぞ。」
「怒られたんですか?」
「追い出されただけだ。」
「………。」
「ランチの時間まで秘密なんだと。」

キッチンから漏れ聞こえる楽しげな声を聞きながら父の向かい側に座る。

……何と無くつまらない。

男二人でいてもなぁ。

「コーヒー、飲むか?」
「頂きます。」

父の向かい側に座り、昨日買ったガイドブックを広げる。
ネットでも良かったが、みんなで見るにはガイドブックの方がいいだろうとの判断だ。

「父さん、運転は俺がしますから、アルコールも気にせず飲んで下さい。」
「いや、今日はアルコールって気分じゃないな。せっかく家族が揃ったんだ。酔ってる場合じゃないからな。」
「じゃあ、念のため、免許も持っていて下さい。」
「そうだな。……行くのは◯◯花園だったな?」

◯◯花園は季節によって様々な花が咲き、アスレチック施設、キャンプや野外炊飯もできる設備が完備されている民間経営の施設だ。
ガイドブックによると近くの農園や牧場とも提携していて新鮮な食材を現地で調達できるとの事。バーベキューセットのレンタルもできるし、レストランもある。
持参したものだけでは足りないだろう父の胃袋を十分に満たす事もできる。
少し遠いがその分空気もいいはずだ。

「あっ……れ…蓮さん。おはようございます。」

キッチンからキョーコが顔を出した。
夕べから敦賀さんから蓮さんに変わった俺の呼び名。

……ダメだ…顔が緩む。

キョーコの後ろで俺を見て楽しんでいる母がいた。

いつからそんなに悪趣味になったんですか。

「ね?キョーコ。私の言った通りでしょ。手間が省けて良かったわ。」
「……何ですか?母さん。」
「キョーコがね、蓮を起こしにいくっていうから、”やめときなさい”って言ったのよ。」
「………。」
「襲われるわよって。」
「なっ!…なにを言って…」
「行かなくても、そのうち寂しくなって起きてくるからって、キョーコを止めたのよ。キョーコがいないとお料理できないもの。私が困りるわ。」

母さん……困ってるように見えませんけどね。

「キョーコ。蓮も起きたし、先に朝ごはんしにしましょ。」
「そうですね。」
「クー、クロワッサンを焼いたの。キョーコに教わって私が作ったのよ。」
「楽しみだな。」

キッチンに入れない俺と父さんはキョーコ達が運んでくる料理を受け取ってテーブルに並べた。

山と積まれたクロワッサン。
それが5皿分。
それぞれ違うらしい。
プレーンの他にチョコ中に入れて巻いたもの。
チーズを生地と一緒に巻き込んだもの。
メイプルシロップの香りがするものもある。
母の手も加わっているはずなのに……いつもなら見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな量なのに……不思議と食欲が湧いてきた。

父の食事の量と母の料理の腕前の前に屈したはずの俺の食欲が息を吹き返したらしい。

「蓮さん。これもお願いします。」

次に手渡されたのは巨大なオムライスだ。
綺麗な円形を描くオムライスの周囲をトマトの角切りが入った甘酢あんかけ風のソースも美味しそうだ。
オムライスで出来た黄色いキャンバスには母さんの手によるものだろう落書きがビッシリとかつ芸術的にケチャップで描かれている。
食用花も散りばめられていて華やかだ。

……これなら、あの独創的な発想をしている暇は無かっただろう。

「キョーコ!かわいいわっ!ステキだわっ!食べるのが勿体無いわ。」

また、キッチンで母の心を掴む何かが、行われているらしい。

「蓮、これお願いね。まだ食べちゃダメよ。」

上機嫌の母がトレイに乗せてきたのは、ミニサイズのオムライスが三つと人数分のスープ皿だ。

「蓮さぁん。これもお願いしますぅ。」

キッチンの奥でキョーコが俺を呼んでいる。
彼女のそばにはワゴンがあり、大鍋をワゴンに自力で移動するのを諦めたらしい。

ごめんね。
キョーコ。

キョーコの代わりに鍋ごとワゴンに乗せる。

「運ぶのこれでおしまい?」
「はい。」
「大変だっただろう?俺も手伝ったのに。」
「大丈夫ですよ。重いのはこの鍋だけでしたから。それに、ママがパパをビックリさせたいんですって。だから、二人だけで作る事にしたんですよ。」

いつの間にかパパ、ママの呼び方が普通になってるしね。
それもこれも母さんがお母様と呼ぶ度に拗ねたり泣き落としにかかったり、父がズルいと大人気なくダダをこねまくった結果だ。

これだけは流石の俺もマネ出来そうにない。

「さっき母さんがはしゃいでたみたいだけど、あの小さなオムライスの事?」

確かにかわいいけど……。

「うふふ。そのお鍋のフタ開けて見てください。」
「鍋?」

言われてフタを開ければとてもいい香りと湯気が立つ。

「野菜とミートボールのスープです。」
「これか…。」
「はいっ。包丁捌きが素晴らしくて。私は調味料を準備しただけで、殆どお一人で作られました。」
「……一人で?大丈夫なの?」
「太鼓判付きです。」

鍋の中には柔らかそうなミートボールとクマやらペンギンやら星やらハートやらと、様々な形の野菜のスライスが浮かんでいた。

「最初は型抜きでハートと星形だけだったんですけど。動物のは包丁でやってました。」
「……大分、野菜が無駄になったんじゃ。」
「オムライスに使いましたから、問題ありません。」
「凄いね。」
「はい!凄いですよね。」

いや…君がだよ。

母さんが作ったというスープは不思議な程にうまかった。
父さんに絶讃されて母さんも上機嫌だ。

「ランチも期待していて。」

期待していいのか……。

キョーコを見れば、ただにこにこ笑うだけ。

大丈夫…らしい。

「8時には出かけようと思うんだが、大丈夫かい?」
「後片付けだけよ。」
「それなら手伝えるかな?」
「お願いするわ。」

父さんと母さんの会話を聞きながらクロワッサンを手に取る。
外のカリッと焼けた食感も中のしっとりした食感もいい。
メイプルシロップの香りがするけれど、甘すぎず、むしろ香ばしさが加わって……美味い。

「キョーコ、これ美味しいね。」
「うふふ。二人で愛情たっぷり込めて作りましたから。」

本当に関わる事は怖いくらい幸せだよ。




ずっしりと重いランチバスケットをエレベーターの奥に置き、次の荷物を受け取る。

「蓮、忘れものはないな?」
「大丈夫ですよ。」
「キョーコ。戸締りはしたかしら?」
「確認しました。」

残りの手荷物を持って、全員で乗り込む。

「よし!行こうか。」

笑顔の俺たちを乗せエレベーターが階下へと静かに動き出す。



今日も慌ただしい一日になりそうだ。





11へ続きます。



どこまで続く。
いや…早めに終わらせたい。

エレベーター 第二部(9)

楽しいわ。
こんなの初めてよ。
娘とこんな風に買い物が楽しめるなんて、初めてなのよ。

カートにはすでにたくさんの食材が入っている。
いつもはクーがカートを押してくれるけれど、今日は私の役目。
キョーコも同じようにカートを押している。

「お母様。後は何を作ります?」
「サンドイッチがいいわ。でも、和食も欲しいわ。クーは何かと和食が食べたがるの。根っからの日本人なのね。」
「では五目稲荷作りましょう。見た目もキレイにできますよ。」
「かわいらしいのもいいわ。」
「じゃあキャラ弁作っちゃいます?」
「キャラ弁?」
「くまさんとか、有名なマスコットキャラクターを作ってお弁当に詰め込むんです。」
「あら、いいわね。」

夢だった。
娘とお買い物するのも、失敗しないお料理をするのも。
ずっと夢に見ていたの。

蓮が生まれてきてくれた事に不満はないわ。
失敗したお料理をクーが美味しいって嘘をつきながら、それでも食べてくれる事にも感謝してる。

クーも蓮も私の愛する家族なの。

でも、私は二人が羨ましかった。

ずっと羨ましかったのよ。

クーと蓮が二人でいる時、私が入り込めない時間がほんの少しだけあった。
「男同士だから」って。
私だけのけ者してひどいわって拗ねたりもしたけど、今どうしてあんな気持ちになったのか理解できる。

「ねぇ、キョーコ。お願いがあるの。」
「なんですか?お母様。」
「それよ。お母様じゃなくて、ママって呼んで。」
「えっ?…それは。」
「お願い。」
「は…はい。」

真っ赤な顔して承諾してくれたキョーコ。
本当に可愛い子。

蓮には悪いけど、今日は私がキョーコを独占するわ。
クーにも譲らないんだから。

そのクーと蓮はカートに乗せた買い物かごがいっぱいになった時点で会計を済ませてマンションに運び込む事にした為、今は私とキョーコだけがフロアにいる。

「お野菜はもう十分だと思うわ。今度はお肉を買いに行きましょう。」
「はい。ママ。」

……私、今とっても幸せよ。

「本当の親子みたいに仲良しだな。」

荷物を置きにいっていたクーが帰ってきた。
隣には新しいカートを押した蓮がいる。

「あら、私達はもう家族よ。この子は私の大切な娘なの。」
「私の娘でもあるぞ。」
「さあ、キョーコ。パパにお願いして。”カートがいっぱいになってお買い物が出来ないから会計済ませて荷物をおいて来て。パパ。”って。」

今日は私がキョーコを独占するんだもの。
邪魔しないでね。

「えっと……。パパ……お願いします。」

「イッテクル。」

あなた、珍しく動揺してるわね、クー。

「蓮にもお願いして。”蓮、お願いします。”って家族なんだから、敦賀さんじゃダメよ。」
「〜〜っ!?」

あら、キョーコったら顔が真っ赤だわ。
本当に可愛い。

「あっあのっ……れ…蓮さん。お願いします。」

ふふふ。

「イッテキマス。」

本当に親子ね〜。
カートを押して歩く少しだけ情けない後ろ姿が全く同じだなんて。

「キョーコ、次行きましょう。早くしないと、時間がなくなっちゃうわ。後でお揃いのパジャマを買いに行きましょう。」
「つ…蓮さんサイズのはありますでしょうか?」
「袖が短いとか、裾が短いとかは許容範囲内よ。」

たまにはそんな情けない蓮も見てみたいし。

カートがいっぱいになった頃、丁度戻ってきたクーと蓮にカートを押し付けて、私はキョーコと一緒に専門店へと足を向けた。

時価より高い商品を扱うスーパーだけあって、テナントとして入っている専門店の方もそれなりにいい物を揃えている。

「けっこう…高い。パジャマでこんなにするんですか!?しかもシルク!」
「あら、うちの稼ぎはこれくらいじゃ何ともないわよ。」

残念な事に、蓮でも着れそうな大きなパジャマもあった。
いい話題になると思ったのに。

下着の専門店にも立ち寄り、二人で試着して、何点か購入。

好きなブランドは無かったけど、センスのいい店を見つけて、明日の外出用の服も買った。
キョーコが試着した物は全部買った。
キョーコが大騒ぎしそうだから、こっそり店員に頼んでおいた。

「やっと見つけた。探したよ。」
「電話したんですが、電源入ってませんでしたよ。」

もう!気の利かない人達ね。
もう少し時間かかるかと思ったのに。
でも……。

「ちょうど良かったわ。荷物持って帰って下さる?カウンターに会計が済んでるものがあるから。」

男達とは異なり気を利かせた店員がカウンター裏に隠していた紙袋を出してくれていた。
もう少し二人だけで楽しみたいの。

「随分買いましたね。」
「キョーコには内緒よ。」
「母さん、いくらなんでもあの量はばれますよ。」
「ゲストルームのクローゼットにしまっておいて。私達が帰るまで。」

試着室の方から「まあ!お似合いですっ!」なんていう店員の声。
また購入する服が増えたわ。

自分達も見たいと言う、夫と息子を荷物を押し付けて追い出して、試着室に向かう。
途中、気になった服も手にして。

キョーコ。
また、二人でお買い物しましょうね。

閉店間近の店内で、私達はギリギリまで楽しんだ。


アメリカに帰ってから慌てたキョーコから、電話がはいるのだけど、それも想定内。
娘のあなたと過ごせなかった分の投資よ。
まだ足りないわ。

ウェディングドレスも用意しなきゃね。

この後、マンションに帰って家族の時間をゆっくりと堪能した。

蓮が盛大に抗議してくるのだけど、和室にお布団を並べて敷いてキョーコと私と二人だけで夜を過ごす。

クーとの出会いの話しもした。
男達には言えない内緒の話しも。



ねえ、キョーコ。
私達もう本当の親子よね。
紙っきれの誓約が無くったて、血の繋がりが無くったて、あなたは私の娘よ。

楽しい時間をありがとう。
明日もよろしくね。

お布団の中、私とキョーコは手をつないだまま眠りについた。







和室完備しました。
独り寝組のクーと蓮。
かわいそうに。
次は通常に、蓮視点で予定中です。


がんばろー。
いろいろあったけど、がんばろー。
私にも心があるんだよ。丈夫そうに見えても。
強化ガラスでもさ、傷くらい付く。
なかなか消せない。

でも頑張るさ。
生きてんだし生きていくんだし。
頑張る。

よしっ!



ではまた。



月華

エレベーター 第二部(8)

明けましておめでとうございます。
m(_ _)m

モノマネで息きれた。
というか、あの後考えてない。
思い浮かばない。
キョコちゃんを越える蓮ができるモノマネがうかばない。
しまった。
…というわけで、少し考えます。
いくつかネタはあるけど、インパクト弱い。
蓮さん俳優さんだもん。
イメージ壊さない、でも強烈なインパクト。
難しいなぁ。
蓮にモノマネさせよーってのが根本的に間違ってるんだけど。
すいません。
よかったら、もう少しお付き合い下さい。

本日は、エレベーターの更新にしました。

これも私には荷が重すぎたかな。
やっぱり、最初に書いた方にはかなわないと思う今日この頃。
他に書いてる方いらっしゃらないし。
私なんかが続き書いてて本当にすいません。

ルイーザ様のではやっしやモー子さん視点があったので今回は私も蓮、キョーコ以外の視点で……。

クー父ちゃん視点です。

怒られそうだなぁ。
ルイーザ様のファンの方にも。
ごめんなさい。

ルイーザ様の傑作品とは切り離して考えて下さいね。
申し訳ないので。
てな訳で、どぞ!




*・゜゚・*:.。..。.:*・☆・*:.。. .。.:*・゜゚・*






日本古来から祝いの席でのめでたい一品が盛り付けた茶碗から湯気を立てる。
一粒一粒きれいに炊き上がり、なかなかの出来栄え。
…と思ったのだが。

「これがお赤飯?地味ね。」

妻の評価は実に辛いものだった。

どうしても自分で作りたいというので、見本として一般的な赤飯を作って見せた。
出来上がりを見たが、想像とは違っていたらしい。

妻よ。
君は美しい。
君のセンスは世界一だ。
だが、そのセンスをキッチンで発揮してはいけない。

「やっぱり地味過ぎだわ。」
「それなら、これを入れるかい?」
「ダメよ。そんな身体に悪そうなもの入れちゃ。」

差し出した食紅は即座に却下された。

「やっぱり私が作るわ。大丈夫よ。今日はうまくいくわ。」

君のチャレンジ精神は素晴らしいよ。
しかし、君は必ず出来たものを口にして落ち込むだろ。
私は愛しい君の姿を見るのは辛いんだよ。
マイハニー。

米はといで水に浸しておく必要があったから、既に準備は出来ている。
彼女はそれを圧力鍋に入れ、きれいにカットしたイチゴを投入した。
やはり入れるんだね。
君がどんな物を作ろうと私は完食出来るけれど、落ち込む君を思うと苦しいよ。

「あなた、お水はこのくらい?」
「……多過ぎるかな。」
「そうなの?じゃあ、少し捨てるわね。……ああっ!ダメだわ。色素まで流れてしまったわ。……やっぱりイチゴジャムを入れましょう。」

マイハニー、それは必要ないよ。
いや、必要ないのはそれだけではないけれど。

本来は蒸し器で蒸すものだけど、今日は圧力鍋での調理にした。
豆も一緒に茹で上がるし、時間も短くて済むからだ。

「うふふ。いい香り。」

いちごの香りのする赤飯の味は想像できるような出来ないような。
炊き上がった時のいちごの見た目も想像つくような……おそらくは、この愛しき妻をがっかりさせてしまうような見た目になるに違いない。

君のその自由さを奪いたくはないんだ。
君を縛り付けたくはないんだ。

どんな結果が生まれようとも、私は君を愛している。



◆◇◆◇◆



…………。

炊き上がり、圧力鍋の蓋を開けた妻は悲しそうな顔をしていた。

「あなた。……私、また失敗してしまったのね。」

出来上がったのはほんのりピンクのおこわに色彩と形状を失った元はいちごだった代物が入り混じっている。
当然ながらカットした時の形さえ失っている。

「私でもわかるわよ。これは美味しくないわ。」

美味しい美味しくないの基準がズレている気もするが、今はそれはおいて置く。

そんな悲しそうな顔はやめておくれマイハニー。
大丈夫、それは私がちゃんと食べるから。

「ただいま。」
「お父様、お母様。ただいま戻りました。すぐにご飯のした…く………を?」

愛する息子とかわいい嫁が帰宅した。
こちらに気を取られ気づかなかったな。

「………。」

蓮は何が起こっているのか気付いたらしい。

「?どうかしたんですか?お母様、お元気が無いご様子ですけれど?」

キョーコは本当に優しい娘だ。
君なら私の愛しい妻を元気にしてくれるかもしれないね。

「私にはお料理は向かないのね。」
「そんな事はないよ。」

その奇抜なチャレンジ精神を除けば。

「だってこんなに美味しくなさそうなもの食べられないわ。」
「何を言うんだい。ちゃんと食べられるよ。」

少し我慢すれば。

「あなたっ!」
「ジュリッ!」

私は愛しい妻を抱きしめた。

そんな横で窯を覗き込む蓮とキョーコ。

「母さん、これは……。」
「ごめんなさい。とても食べられたものじゃないと思うわ。こんな腐ったようないちごが入ったご飯なんて。」

ジュリ……腐ってないから。
私が食べるのだし。

「キョーコ、これはうちでは日常的な事だから気にしなくていいよ。」

お前は相変わらずだなぁ。

そんな蓮の隣りでキョーコは鍋を覗き込みながら何やら考えている。

「どうしたの?キョーコ。これなら父さんが米粒一つも残さず食べるから大丈夫だよ。」
「いえ……あの、よろしければ、手を加えてもいいですか?」

君はなんと言ったかね?

「もしかして、なんとかなるのかい?」
「はいっ!お母様、大丈夫ですよ。ただいそがなくてはいけないので手伝って頂けますか?」

かわいい嫁……いや、かわいい私の娘は天使のように微笑んだ。



◆◇◆◇◆



思いつかなかったな。

久しく使用していなかった餅つき機。
そこから出てきたのはほんのりピンク色した餅だ。
ところどころに見えるいちごの繊維と粒はご愛嬌だ。
いや、高価ないちごを使っている分贅沢な代物じゃないか。

「お母様、焦がさないように混ぜていて下さいね。大変な作業ですけど、お願いします。」
「頑張るわ!」

ジュリはすっかり元気になり、鍋に入れたあんこと格闘している。

「お父様と敦賀さんはお餅の切り出しをお願いします。蓮さん、熱いうちにやらないと固まってしまいますから、手早くお願いします。火傷しないように気をつけて下さいね。水に手をつけながらですよ。」
「わかった。手早くね。少し心配だけど。」

お前、やった事ないだろう?
大丈夫なのだろうか。

「キョーコ。後どのくらい火にかければいいのかしら?」
「こちらの準備が出来ましたから、そのくらいで大丈夫です。お父様、お鍋を…。」
「ここに持ってくればいいのだろう。餅は適当な大きさにして入れておくよ。任せなさい。それと、私は経験があるから、蓮は私が見ているよ。キョーコ、君はジュリのサポートしてくれるかな?」
「はいっ。」
「キョーコ、次は何をするの?」
「いちご大福を作ります。」
「いちご大福?クーが好きなデザートよ。作れるの?」
「はい。ただ手が汚れちゃうので手袋つけた方がいいですよ。」
「その方が衛生的ね。」
「まずはいちごを洗いましょう。洗ったらキッチンタオルでしっかり水気を取って下さい。」

幸いにして初の体験ばかりで、今のところは彼女の独創性は顔を出す余裕が無いようだ。

「蓮、全部はやるなよ。大福にもするそうだし、彼女の事だ。まだアイディアがありそうだ。」
「分かってますよ。…あっ…つ…。」
「だから、手早くなんだぞ。」
「父さんは熱くないんですか?」
「熱いに決まってる。数年ぶりの作業だしな。ほら、ボウルの水を変えろ。汚れて来たし。」
「こんなに大変とは思いませんでした。」
「そうだな。」

息子と二人…つきたての餅の熱さと格闘していた。



◆◇◆◇◆



「凄いわ!キョーコ!出来ちゃった!」

コーンスターチの打ち粉で薄っすらと雪化粧をした淡い緋色の菓子。
いちご大福。
誰が編み出したか分からないが、現代和菓子の傑作品だ!……と私は思うのだが。

しかし旨そうないちご大福だ。
妻の場合は、見た目が美しくても油断できないのが常だが、今回ばかりは大丈夫らしい。
妻は手先が器用な事もあり、初めてにしては仕上がりも良い。

「でも、地味かしら?」

いや、これで十分だよ、ハニー。

「お母様、和菓子には隠れた美しさがあるんですよ。見ていて下さいね。」

キョーコが取り出したのは包丁だ。
キョーコは自分が作った大福に包丁を入れた。
手前の半分をスライドさせると、そこには鮮やかな赤と白、それを均一に包み込む二層の層が現れた。

「まあっ!キレイ!」

キョーコ、君は職人か。
ただのあんこ玉ならいざ知らず、いちごを包み込んでのこの精度。
本職の和菓子職人のようだ。

「中にこんな美しさを秘めていたのね。」
「後ですね。こんなのもどうですか?」

キョーコはあらたな餡こだま作り上げ、それを包み込んでいく。
形は少し楕円にしてある。
次に取り出したのはアーモンドスライスと湯せんで溶かしておいたチョコレートのデコペン。
まずは楕円したいちご大福に左右対称になるように斜めにアーモンドスライスを差し込んだ。
それからちょんちょんと少し大きめな点を左右対称になるよう二つ描く。

「完成です。」

出来上がったのは何ともかわいらしいものだった。
作業台の上にはピンク色のかわいらしいうさぎがちょこんと座っていた。

「かわいいわっ。まぁ!どうしましょう!!こんなかわいらしいもの食べられないわ。これどうにかしてとっておけないかしら?ねー、クー。」
「ジュリ、残念だけどとってはおけないよ。」
「そうよね。食べ物だものね。」
「それにもち米で作ってあるから、早く食べないと固くなってしまうんだ。せめて写真に残しておこう。」
「…残念だわ。」

心底残念がるジュリの為に、今度は4人でたくさんのうさぎのいちご大福を作った。
俺と蓮が作ったうさぎは少し大きくて、彼女達が作ったうさぎの隣に並べると番いのうさぎに見えた。

本当に食べるのが勿体無い。

「あなた、家族でお料理するのって楽しいのね。」
「そうだな。」

こんな機会を与えてくれたキョーコに心から感謝した。

それからキョーコは甘い物ばかりだと飽きるだろうと、また違った物を作り始めた。
円盤型にした餅の生地をフライパンでこんがりと焼き目を付けている。
バターの香りも良くて実に食欲を誘った。
どうやら、これにクリームチーズなどを挟んで食べるらしい。
妻はといえば、キョーコがフライパンでこげめをつけた後にデコペンで絵付けをしていた。
ジュエリーのデザインも手掛ける妻には楽しい作業のようで夢中になっている。

そうか、いつもこうすれば良かったんだ。
考える隙を与えないくらい作業に夢中にさせれば……。
そして見た目だ。
盛り付けに気をつけさえすれば、妻は満足したのではないだろうか?

「お母様、凄いです!デコペンでこんな素敵な柄が描けるなんて!」
「うふふ。描くのは得意なのよ。」

小学部の教師と聞いているが、普段の授業もこんな風に児童達は彼女の世界に巻き込まれて行くのだろう。
その威力は老若男女問わず発揮されるもので、妻はすっかり彼女の虜だ。
……この男もまたその一人で。

「キョーコ、これに挟み込む具材はチーズの他にどんなのが合うと思う?甘くないのがいいんだけど。」

キョーコをジュリに独占され、キョーコを取り戻さんとしている我が息子の姿がある。

蓮、大人気ないぞ。

「お餅はほんのりいちごの風味がする程度ですよ。薄くしてますし、バターも効いてるはずなので気にならないかもしれません。表面はカリカリに焼けてますから。多分トマトやチーズとも合いますよ。」

キョーコはそんな男の真意には全く気付いてはいないようだが。

蓮、私はお前の成長をずっと見守ってきたつもりだが、そんなお前の姿は初めてみたぞ。

「冷蔵庫に生ハムがあるけど、それはどうかなぁ?」
「私も少ししょっぱいのが食べたいなぁ。スモークサーモンもいいんじゃないか?マリネにしたものを挟んでも旨そうだ。」
「マリネ、いいですね。じゃあ好きなものを自由に挟み込めるようにしましょう。」
「楽しそうだわ。お料理しなかがら食べるみたいで。」

今日もキッチンは賑やかだ。
まさか、こんな楽しい料理を妻と息子とする日が来るなんて想像もしていなかったな。
妻は独創的な料理しかしないし、蓮については料理をする姿など想像もつかなかったし。
これも全部、キョーコのおかげだ。

今日の私の気分は上がったり下がったりとエレベーター並みに上下したよ。

「母さん。」
「なぁに?」
「全部にはデコレートしないで下さいね。」
「あら、もう遅いわよ。これが最後の一枚だもの。」
「えっ!?」
「敦賀さん。大丈夫ですよ。今朝炊いたご飯がありますから、同じように薄く円盤型にして焼きますから。」

本当に凄腕の嫁だ。



◆◇◆◇◆



それから私達はまた、楽しい夕食の時間を過ごす。
甘さ控え目のお汁粉といちごのスライスを飾ったあんこたっぷりのあんこ餅。
私はどちらかというとあんこ餅の方が好みだ。
お汁粉もいいが、あんこたっぷりの方が食べたという満足感が大きくていい。
スライスしたいちごがあんこにもあう。
いちご大福とどこが違うのかと聞かれたらメインが違うとしかいいようがないが、これはこれで旨い。

焼き餅のサンドは挟む具材によってはうまかったり、微妙だったりしたけれど、それがまた楽しい話題になった。

いちご大福はというと……固くなっては勿体無いので、休憩と称してキッチンで食べた。
大半は私の腹に入ったわけだが……。
今度はリビングで抹茶でゆっくり味わいたいものだな。

今日も私達一家の一日は賑やかにすぎて行く。



固くなってきた餅の記事をホットプレートでカリカリに焼き直し、残った苺やチョコレート、生クリームを乗せてデザート風に仕上げる。
抹茶が飲みたいなと言ったら、なんとキョーコが慣れた手付きで見事な腕前を披露してくれた。

美味いデザートをキョーコがたててくれた抹茶とともに味わう。

家族が揃っていて、過去こんなに落ち着いた食事の時があっただろうか。

……いや、ないな。

蓮が普通に普通の食事をする様も久々に見た。
これも彼女のおかげなのだろう。

いいパートナーを見つけたな、蓮。

その蓮が小さ目のデザート餅を完食し、抹茶の椀を手にしながら言った。

「今夜はここで過ごしませんか?」
「着替えがないわ。」
「隣の大型スーパーはまだ開いてます。地下で繋がってますから皆で行きましょう。ブランドにこだわらなければ大抵揃いますよ。明日は学校はお休みですから、どこかに出かけませんか?」
「それなら、私、お弁当を用意します!たくさん作らなきゃいけないのでお母様にもお手伝い頂きたいな。」

………………。

「父さん?母さん?」

………………。

「あの……ご迷惑でしょうか?」

………迷惑なわけがない!

「あなたっ!」
「ジュリッ!」
「こうしてはいられないわ。お店がしまってしまう前に行きましょう!」
「母さん、まだ閉店までは2時間くらいあるから。」
「2時間なんてあっという間だ。片付けは後だ!」
「父さん、そんなに意気込まなくても。」
「蓮!これは貴重な時間なのよ。」
「そうだぞ。一分一秒でも無駄にはできん!」

勢いついた私達夫婦は蓮とキョーコを急き立てて、部屋を後にした。

エレベーターに四人一緒に乗り込むのは初めてだな。

…チン。

エレベーターが地下に辿り着いた事をつげる。
少し冷んやりした地下駐車場。
その先にスーパーへと続く自動ドアが見える。
ここに住んでいた時、あのスーパーでジュリと一緒に買い物を楽しんだものだ。
できるものは散々だったけれど。

「さぁ、行こうか。」

家族の時間はまだこれからだ。






コメントで頂いた「苺大福」。
その単語を見た時、ドキーッとしました。
読まれてる〜先を読まれてる〜って。
ジュリ母さんの後始末の方法考えるにはそれしかなかったんだもの。


お正月の残った餅。薄めにスライスしてバターで焼いてチーズやハム、ケチャップ乗せてピザ風にっていうレシピがあって、バターで焼いたらいろいろ応用できるかもと思ったまでの事。
苺が入ってる分、そのままでは食えないし、それならいっそカリカリにしてチョコ乗っけちまえってノリです。
本当に美味しいかどうかはキョコさんの腕前しだい。

てなわけで、想像でやっちまいました。

ので、お餅が余ってしまったとしても、お試しにならない様にお願い致します。

責任持てないから。←おい。


では本年もよろしくお願い申し上げます。



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